働く世代の「見えない健康課題」を可視化。プレゼンティーイズムと疾患の関連

main visual

少子高齢化による医療費の増大と労働人口の減少から、企業や社会の持続可能な発展のために、労働者一人ひとりの健康と労働生産性の向上が極めて重要な課題となっています。

労働生産性の低下には、疾患による欠勤を表す「アブセンティーイズム」と、出勤しているものの健康問題によりパフォーマンスが低下する「プレゼンティーイズム」があります。
これまで、特定の疾患が労働生産性に与える影響を見た報告や、アンケートのみを用いた報告はありましたが、多様な職種の労働者を対象に、レセプトデータに基づく客観的な診断情報と、患者自身の主観的な生産性評価を大規模に掛け合わせた包括的な研究は限られていました。

今回ご紹介する研究は、DeSCヘルスケアが提供する大規模なレセプトデータとアンケートデータを活用し、日本の労働者における様々な疾患と労働生産性低下との関連を明らかにしたものです。
本研究のデータから見えてきた、労働生産性に影響を与えやすい疾患の実態と、保健事業における健康状態の見えない層の把握・支援に向けたヒントをご紹介します。

論文名:Work productivity by diseases diagnosed among workers: a study using large-scale claims data and survey data of workers in Japan(労働者の疾病診断による労働生産性:日本の大規模レセプトデータと労働者調査データを用いた研究)

レセプトデータとアンケート調査を用いた大規模な労働生産性分析

この研究では、DeSCヘルスケアが提供する健康保険組合のレセプトデータおよび、同社が提供するヘルスケアアプリ「kencom®」を通じたアンケートデータを利用しました。

分析の対象となったのは、2021年6月または12月のアンケート調査に1回以上回答し、労働生産性および活動障害に関する質問票(WPAI-GH)に回答された、19歳以上の就労者31,540人(男性72.4%、平均年齢48.1歳)です。
この研究では、レセプトから抽出された疾患の有病率と、アンケートで回答された労働生産性低下(WPAI-GHスコアが0%より大きい割合)との関連を、疾患分類ごと、および特定の関心疾患ごとに分析しました。

有病率は低いが労働生産性への影響が懸念される疾患

疾患分類別の分析では、労働生産性の低下を報告した人の割合は、男性では「精神および行動の障害」、女性では「精神および行動の障害」や「神経系の疾患(不眠症や頭痛など)」において高いことが示されました。

さらに特定の関心疾患に絞った分析では、男女ともに「精神疾患(統合失調症、双極性障害、うつ病など)」および「片頭痛」「緊張型頭痛」「てんかん」「不眠症」などの神経疾患を抱える労働者において、労働生産性の低下を報告する割合が高いことが明らかになりました。

これらの疾患は、対象者全体における有病率の中では比較的低いものの、罹患している労働者個人のパフォーマンスには大きな影響を与えている可能性が示唆されます。

女性特有の健康課題と労働生産性の関連

女性労働者においては、上記の疾患に加えて「月経障害」が労働生産性低下を報告する割合の高さで上位に位置していました。
また、欠勤(アブセンティーイズム)の項目に限ると、有病率は低いものの、胃がん、大腸がん、さらに乳がん、において欠勤を報告する割合が高いことが確認されました。

女性の社会進出が進む中で、月経関連の症状や女性特有のがんが労働生産性に与える影響を把握し、適切なサポートを提供することの意義がこの研究のデータからも示されています。

「見えない健康課題」としてのプレゼンティーイズム

この研究では、多くの労働者が抱える労働生産性の低下が、単なる欠勤(アブセンティーイズム)だけでなく、出勤しながらもパフォーマンスが落ちるプレゼンティーイズムとも関連していることが示唆されています。

特に、不眠症や頭痛、精神疾患、月経障害といった疾患が、プレゼンティーイズムに関連していることが改めて浮き彫りになりました。
これらの疾患は、周囲からは症状が分かりにくいため、職場での理解や支援が届きにくいという課題も一般的に知られています。

客観的なレセプトデータと主観的なアンケートを組み合わせたこの研究は、こうした「見えない健康課題」が労働生産性に関連している実態を可視化した点で意義があります。

【保健観点】労働生産性向上に向けたアプローチ

今回ご紹介した研究結果は、精神疾患や頭痛、不眠症といった特定の疾患が、日本の労働者の生産性低下に関連している可能性を示唆しています。
この知見は、労働者に対する保健事業において、より効果的で実効性の高い健康支援策を検討する上で重要な視点を提供してくれます。

受診控えが懸念される疾患への啓発と受診勧奨

頭痛や不眠症、月経障害などは、日常生活に支障をきたしているにもかかわらず、医療機関を受診していない層が一定数存在する可能性が考えられます。

保健事業においては、これらの疾患が労働生産性や生活の質(QOL)に与える影響について対象者へ啓発を行うとともに、「適切な治療によって症状が改善しうる」という情報を提供することが重要です。
特定健診の問診データやヘルスケアアプリのアンケート機能などを活用し、自覚症状を抱える対象者を抽出し、専門医への受診を促す個別アプローチが、生産性向上の一助となる可能性があります。

メンタルヘルス不調の早期発見と継続的なサポート

精神疾患を抱える労働者における生産性低下の割合が高いという結果は、メンタルヘルス対策の重要性を再確認させるものです。

メンタルヘルス不調は早期発見・早期介入が鍵となります。例えば、ストレスチェックの結果や、定期的なアンケートを通じて、不調のサインを早期に捉える仕組みづくりの強化が考えられます。
また、すでに治療を受けている対象者に対しても、服薬の継続や生活習慣の改善をサポートする情報提供を行うことで、症状の悪化を防ぎ、安定した就労を支援できる可能性が示唆されます。

女性特有の健康課題に対する包括的な支援

2024年度から新たに計画が始まった厚生労働省による「健康日本21(第三次)*」では、新たな視点として「女性の健康」が追加されました。平均寿命が延びる一方で、高齢化や生活習慣の変化、女性の社会進出等によって疾患構造の変化が見られていることから、今後女性の健康課題に対する支援はより重要視されるでしょう。

女性における月経障害が生産性低下と関連しているという事実は、女性の健康課題に特化した支援の必要性を示しています。

婦人科検診の受診率向上を図るだけでなく、月経困難症や更年期障害といった日常的な不調に対する相談窓口の周知や、オンライン診療の活用案内など、仕事と治療の両立を支援する環境づくりを後押しする事業展開が期待されます。
また、乳がん等の治療と就労の両立支援についても、関連部署と連携した包括的なサポート体制の構築が重要と考えられます。

*参考:健康日本21(第三次)と女性の健康|厚生労働省(https://kennet.mhlw.go.jp/slp/event/womans_health2025/pdf/keynoteSpeech1/001.pdf

研究の注意点

この研究の結果を解釈する上で、以下の点に留意が必要です。

・この研究の対象者はヘルスケアアプリ(kencom®)の登録者であるため、一般の労働者よりも健康意識が高く、より健康である傾向があります。そのため、労働生産性への影響が、労働者全体よりも低く見積もられている可能性があります。
・疾患の定義はレセプトに記載されている傷病名等に基づいているため、症状があっても医療機関を受診していない未診断の労働者は対象に含まれていません。
・労働生産性(WPAI-GHスコア)は自己申告によるものであり、実際の生産性低下の程度を過大または過小に評価している可能性があります。
・この研究は、ある時点での健康状態と労働生産性との「関連」を示したものであり、疾患が原因で生産性が下がったという因果関係までは証明できていません。

まとめ

この研究では、大規模なレセプトデータとアンケートを用いた分析により、日本の労働者において、精神疾患、片頭痛、緊張型頭痛、てんかん、不眠症などの疾患が、労働生産性の低下と関連していることが示されました。
また女性においては、月経障害も労働生産性低下と関連していることが確認されました。

※本コラムでご紹介している各研究には、保険者様の効果的かつ効率的な保健事業の実施に資する範囲で、アカデミアや製薬企業による論文発表などのエビデンス創出に活用することに利活用許諾をいただいた匿名加工情報、および提案募集制度を介して提供を受けた行政機関等匿名加工情報が用いられています。一部の研究では目的に応じ、いずれか一方のみを利用しているケースが含まれます。

引用・参考文献

Maekawa T, Yamato K, Nakamichi N, Kurita Y, Nakai M, Osawa C, et al. Work productivity by diseases diagnosed among workers: a study using large-scale claims data and survey data of workers in Japan. J Occup Health. 2025;67(1):uiaf055. doi: 10.1093/JOCCUH/uiaf055.

監修医師:石原藤樹

健康に暮らせる未来を創る

ページの上部へ