透析治療を受けている患者にとって、脳心血管疾患や感染症は、命に関わる深刻な合併症として知られています。これらの重篤な疾患をいかに予防し、患者の健康寿命を延伸していくかは、医療費適正化の観点からも重要な課題です。
このような状況の中で、歯科領域、いわゆる「お口の健康」が全身の健康にどのように影響を与えるのか、特に脳心血管疾患や感染症など、透析患者の命に関わる合併症の予防との関連を明らかにした論文*1をご紹介します。
論文名:Preventive dental care reduces risk of cardiovascular disease and pneumonia in hemodialysis population: a nationwide claims database analysis
予防的歯科ケアは血液透析患者の心血管疾患および肺炎のリスクを低減する:全国レセプトデータベース分析
予防的歯科ケアが透析患者の合併症リスクを低減
この研究は、DeSCヘルスケア株式会社が提供するDeSCデータベースを活用し、血液透析を受けている末期腎臓病(ESRD)患者の歯科受診状況が、脳心血管疾患(CVD)や感染症(肺炎、敗血症)の発症にどのような影響を与えるかを調査しました。
2014年4月から2020年9月の間に初めて血液透析を開始した10,873人の患者を対象に、歯科受診のパターンを「歯科治療グループ」「予防的歯科ケアを受けたグループ」「歯科受診していないグループ」の3つに分類。それぞれのグループにおけるCVDおよび感染症の発症率を比較分析しました。
その結果、「予防的歯科ケアを受けたグループ」は、「歯科受診していないグループ」と比較して、CVDおよび感染症の発症リスクが有意に低いことが示されました。 この研究は、予防的歯科ケアのための歯科受診が、血液透析を受けているESRD患者さんにおけるCVDおよび感染症の致命的な合併症のリスクを低下させることを示唆しています。
透析患者と口腔健康の意外な関係性
透析患者は慢性腎臓病(CKD)によって全身の健康状態が複雑化しています。
CKDは世界的に見ても重大な疾病や死亡の原因であり、CVDや感染症のリスクを高める要因として知られています。血液透析を受ける患者の年間死亡率は20%以上で、その主な死因はCVD(50%)と感染症(14%)です。
さらに注目すべきは、口腔健康が透析患者の寿命に深く関わっていることです。
過去の研究によれば、歯周病や口腔衛生不良、虫歯がこうした患者の生存率に影響を与えていることが示されています。また、虫歯が動脈硬化を促進することや口腔カンジダ症が感染症リスクを高めるといった“口腔と全身”の深いつながりが明らかになっています。口腔の健康管理が透析患者の命を守る可能性があるのです。
予防的歯科ケアがもたらす効果
本研究では、歯科治療だけでなく、特に予防的歯科ケアの重要性が強調されています。
「歯科治療グループ」は、肺炎リスクを約20%低減させてましたが、興味深いことに「予防的歯科ケアを受けたグループ」は、「歯科受診していないグループ」よりもCVDや感染症の発症リスクが約14%低く、肺炎リスクは26%も低減していたのです。
これは定期的な検診、歯磨き指導、歯石除去、義歯のメンテナンスなど、症状がないうちから口腔の健康を維持するための取り組み(予防的歯科ケア)が、全身の健康に大きな影響を与える可能性を示唆しています。
口腔内の細菌数を減らすことで誤嚥性肺炎のリスク低減に繋がり、また、口腔内の炎症を抑えることで、全身の炎症反応や心臓病のリスク低減に寄与するメカニズムが考えられます。
【保健観点】歯科ケアへの動線強化が鍵
血液透析を受けている方々への歯科受診の推奨は、CVDや肺炎といった重篤な合併症の発生を抑制し、結果として医療費の削減に繋がる可能性があります。しかし、透析患者さんは口腔内の問題(唾液腺萎縮、水分制限など)を抱えやすいにも関わらず、歯科治療への不安や経済的な懸念から受診を控える傾向があることが報告されています。
保健事業を進める上で、以下の点が重要となります。
歯科受診の推奨と情報提供
透析患者さんやそのご家族に対し、歯科を受診することの重要性と予防的歯科ケアや歯科治療が、CVDや肺炎のリスク低減に繋がる科学的根拠を明確に伝えることが有効です。
医療機関との連携強化
透析施設と歯科医療機関が連携し、透析患者さんが安心して予防的歯科ケアを受けられるような体制構築を支援します。例えば、歯科医院への送迎サポートや、透析治療中の患者さんの受け入れ態勢に関する情報提供などが考えられます。
経済的負担の軽減への検討
歯科受診を妨げる要因の一つである経済的負担について、助成制度の検討や、医療費助成制度に関する情報提供を充実させることも重要です。
※本研究には、保険者様の効果的かつ効率的な保健事業の実施に資する範囲で、アカデミアや製薬企業による論文発表などのエビデンス創出に活用することに利活用許諾をいただいた匿名加工情報、および提案募集制度を介して提供を受けた行政機関等匿名加工情報が用いられています。
引用
1.Mikami R. et al. Preventive dental care reduces risk of cardiovascular disease and pneumonia in hemodialysis population: a nationwide claims database analysis. Sci Rep. 2024 May 29;14(1):12372. doi: 10.1038/s41598-024-62735-3.
監修医師:石原藤樹