高齢社会のインフルエンザ予防戦略。合併症が招く医療費の意外な実態

arashiro

季節性インフルエンザは、毎年冬に流行する感染力の高い急性呼吸器感染症であり、世界中で年間約10億人が罹患すると推計されています。
軽症で済むことが多い一方、高齢者では肺炎などの重篤な合併症につながったり、心筋梗塞や脳卒中といった循環器系のリスクも増加させることが知られており、これらが医療費に与えるインパクトは無視できません。

今回ご紹介する論文は、60歳以上の高齢者における季節性インフルエンザ(以下、インフルエンザ)が、救急外来(ER)受診や入院を通じて、いかに大きな医療資源利用の負担となっているかを分析したものです。
この事実は、特定健診後の保健指導では捉えきれない急性期リスクを表面化し、インフルエンザ予防接種が医療費適正化に寄与する予防戦略のひとつであることを示唆しています。

論文名:The Burden of Seasonal Influenza and Its Potential Complications Among Older Japanese Adults: A Real-World Database Study
日本の高齢者における季節性インフルエンザとその潜在的合併症の負担:リアルワールドデータベース研究

インフルエンザ感染による医療費負担を評価

この研究は、DeSCヘルスケアが提供する、2015年4月から2019年6月までのレセプトデータから、60歳以上の被保険者約900万人を解析対象としました。
インフルエンザに感染したグループ(4シーズン合計370,430人)を対象に、ER受診、入院、入院後30日以内の院内死亡率といった医療資源利用(*1)と、それにかかる60日間の医療費を評価しました。

その結果、インフルエンザの罹患は60歳以上の高齢者において、年齢層が上がる(60〜64歳、65〜74歳、75歳以上)につれて、ER受診、入院、および死亡の発生率のリスクや医療費負担が増大する傾向が見られました。
*1 医療資源利用:医療サービスの提供において、病院の病床、医療機器、薬剤、医療従事者の時間といった、あらゆる「資源」がどれだけ、どのように使われているかを示す指標

高齢者に重くのしかかる「インフルエンザの負担」

インフルエンザの流行期には、ウイルスへの感染だけでなく、それをきっかけとした肺炎や心筋梗塞や脳卒中といった重篤な合併リスクも高まることが知られています。

解析の結果、高齢者において、インフルエンザによる入院よりも、これらの合併症に関連する入院の発生頻度が“桁違いに高い”という実態が明らかになりました。具体的には、インフルエンザそのものによる入院発生率と比較して、呼吸器・循環器疾患による入院発生率は約25倍もの規模に達しています。
特に、これらの合併症による入院は、ER受診や外来受診と比較して医療費の負担が最も大きく 、高齢者の医療経済的負担が大きいことが明らかになりました。これは、重症化予防がいかに重要であるかを物語っています。

年齢層が上がるほど高まる救急外来受診と入院リスク

この研究で注目すべき点は、高齢者層を細分化した分析結果です。
インフルエンザによるER受診と入院のリスクは、年齢層が高くなるにつれて段階的に増加することが示されました。

・インフルエンザに対するER受診の発生は、75歳以上の層で10万人あたり30.17件であり、60〜64歳層(4.85件)の約6倍。
・インフルエンザによる入院の発生は、75歳以上の層で10万人あたり322.52件であり、60〜64歳層(38.78件)の約8倍。

この結果は、後期高齢者ほどインフルエンザによる「重症化リスク」が高まり、その治療に多くの「医療資源」が集中している実態を示唆しています。

高齢者医療費における「入院費用」のインパクト

医療費の分析において、インフルエンザによる入院費用は、外来やER受診の費用と比較して高いことも明らかになっています。

具体的な平均費用(1件あたり)を見ると、インフルエンザによるER受診は約40,975円、外来受診は約13,594円でした。
これに対し、インフルエンザによる入院にかかる平均費用(60日間)は約679,552円と、他の医療資源利用と比較して高額でした。
ひとたび入院となると、外来受診の約50倍もの費用が発生することになります。高額な入院医療費が、高齢者医療費全体を押し上げる要因のひとつとなっていることが示唆されます。

また、60〜64歳と比較的若い層であっても、基礎疾患が1つ以上ある場合は、ない場合と比較して医療資源利用が高くなることが示されています。このことから、高齢者全体のリスク管理はもちろんのこと、基礎疾患を持っている場合は60代の段階から適切な予防策を講じることが、将来的な重症化リスクと医療費負担の軽減につながると考えられます。

【保健観点】インフルエンザ予防を「医療費適正化に向けた取り組み」と位置付ける

この研究結果は、インフルエンザ予防接種の重要性を改めてデータをもって提示するものであり、 いまや高齢者のインフルエンザは、個人の健康問題にとどまらず、地域医療の資源を圧迫し、財政に大きな影響を与える「社会的課題」とも示唆されています。これからの保健事業には、以下の3つの取組みが求められるのではないでしょうか。

予防接種への積極的な介入

特に基礎疾患のある60代やリスクの高い75歳以上の層に対し、インフルエンザ予防接種の受診勧奨をより一層強化することが、重症化予防および高額な入院費用の抑制に寄与すると考えられます。

データ利活用の必要性

インフルエンザの罹患が高齢者のER受診・入院リスク、そして医療費に与える影響を定量的に把握するためには、この研究で活用されたようなレセプト・健診データを継続的に分析することが必要です。分析結果をもとに、予防接種率が低い地域や、基礎疾患を持つハイリスクな対象者を特定し、重点的な介入を行うことが、エビデンスに基づいた保健事業の第一歩となります。

高齢者医療費適正化計画への組み込み

インフルエンザ予防を単なる「冬期の感染症対策」としてだけでなく、「後期高齢者の医療費適正化」のための重要な事業と位置づけることで、医療費適正化事業の実効性向上に寄与することが期待できます。なぜなら、特定健診による慢性疾患管理(平時のケア)だけでは、インフルエンザ感染による急性増悪(感染症などをきっかけに既存の症状が急激に悪化すること)までは防ぎきれないからです。
食事・運動・睡眠による基礎免疫づくりや衛生習慣の定着といった「通年の健康づくり」を土台としつつ、流行期に向けた『予防接種(有事への備え)』を両輪で進めること。これによってはじめて、慢性疾患の悪化による予期せぬ高額医療費を抑制し、医療費適正化事業としての成果につながると思われます。

研究の注意点

この研究の結果を解釈する上で、以下の点に留意が必要です。

・データの限界: 医療費請求(レセプト)データを用いた分析であるため、診断の誤分類が生じる可能性があります。また、インフルエンザの症状があっても医療機関を受診しなかったケース(未受診)や、市販薬(OTC薬)のみで対応したケースなどはデータに含まれていません。
・臨床情報の不足: レセプトデータの特性上、インフルエンザワクチン接種状況や、基礎疾患の臨床的な重症度といった、重症化に影響を与える詳細な情報は分析に含まれていません。
・死亡データの限界: 死亡データは全対象者の80%以上で利用できなかったため、死亡率は限定的な集団に基づいています。
・データ期間: 分析は2015年4月〜2019年6月までのデータに基づいており 、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック以降の変化は反映されていません。

まとめ

この研究結果は、インフルエンザの予防が高齢者医療費の適正化に寄与する戦略的な介入であることを示しています。データにより、インフルエンザによる負担は、高頻度・高額な入院と重篤な合併症によってもたらされていることが明らかになりました。

保健事業としては、インフルエンザの予防接種率が研究期間中に47.9%〜50.9%に留まっていた(*2)という現実を踏まえ 、特に重症化リスクが顕著な75歳以上の層、および基礎疾患(潜在的合併症)を持つ60代の層に対し、インフルエンザ予防接種の受診勧奨を強化することが考えられます。
*2 出典:定期の予防接種実施者数 平成6年法律改正後(実施率の推移)厚生労働省(https://www.mhlw.go.jp/topics/bcg/other/5.html)

※本コラムでご紹介している各研究には、保険者様の効果的かつ効率的な保健事業の実施に資する範囲で、アカデミアや製薬企業による論文発表などのエビデンス創出に活用することに利活用許諾をいただいた匿名加工情報、および提案募集制度を介して提供を受けた行政機関等匿名加工情報が用いられています。一部の研究では目的に応じ、いずれか一方のみを利用しているケースが含まれます。

引用・参考文献

Arashiro T, Tajima Y, Ban Y, Loiacono MM, Ideguchi M and de Courville C (2024) The burden of seasonal influenza and its potential complications among older Japanese adults: a real-world database study. Influenza Other Respir. Viruses 18:e70032. doi: 10.1111/irv.70032

監修医師:石原藤樹

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