月3日以下の頭痛でも7割が生活に支障あり。片頭痛の隠れた負担実態

片頭痛に関するイメージ画像

ズキズキと脈打つような痛みを伴うこともある「片頭痛」。日常生活に支障の出るほどの強い痛みもありますが、「たまにある頭痛」程度であれば、市販薬で対処したり、我慢したりしている方も多いのではないでしょうか。
しかし、その「たまにある頭痛」が、本人の生活の質(QOL)を下げ、就労者の労働生産性を低下させているとしたらどうでしょう。

今回ご紹介する研究は、片頭痛の頻度と、QOLや労働生産性への具体的な影響を明らかにしたものです。
片頭痛のような受診率が低く、医療データ(レセプト)だけでは見えにくい健康課題も、オンラインアンケートによる自己申告(質問票)と組み合わせることで明らかにできる可能性があります。

論文名:Quality of life and work productivity and activity impairment among online survey respondents with migraine across a range of headache frequency
オンライン調査回答者における頭痛の頻度別のQOL、仕事の生産性と活動障害

頭痛頻度とQOLの相関

この研究の分析には、DeSCヘルスケア株式会社が保険者の同意に基づき、アプリ「kencom」登録者を対象に2020年11月に実施したオンラインアンケートのデータを使用しました。このアンケート結果と保険者が保有するレセプトや健診情報を連携し作成した匿名加工情報を用い、頭痛に関するアンケートから片頭痛と分類された19歳から74歳の674人を分析対象としました。
なお、これらの匿名加工情報(または統計情報)の作成、および第三者への提供については、アンケート取得時にあらかじめ許可を得ています。

その結果、頭痛の頻度が高いほどQOLと労働生産性が低下することが示されました。

見過ごされる、「低頻度だが支障をきたす」片頭痛

この研究では、問診票から片頭痛に分類された方のうち、月の頭痛日数が0〜3日の低頻度層が62.2%(419人)と最も多いことが分かりました。

この低頻度層は、症状が軽いと考えられがちですが、実態は異なります。
月の頭痛日数が0〜3日の層のうち、約71%が「中等度以上の日常生活への支障」を報告していました。これほど支障が出ているにもかかわらず、この層の医療機関の受診率は約13%と低く、適切な医療につながっていない実態が明らかになりました。

さらに、この低頻度層における生産性への影響を見ると、深刻な状況が浮かび上がります。

・プレゼンティーズム:就労者のうち約42%が、プレゼンティーズム(出勤はしているものの頭痛により業務遂行能力が低下している状態)を報告しました。
・仕事全体への影響:就労者の約45%が、「病欠と出勤中のパフォーマンス低下を合わせて、トータルで仕事の能率が低下した」と報告しました。
・日常生活への影響:この層の回答者の約45%が、「体調が悪くて家事や趣味ができない」といった、仕事以外のプライベートな活動にも支障が出ていると報告しました。

これらの結果は、頭痛の頻度が「たまに」であっても、本人のQOLと社会の生産性に大きな影響が出ていることを示しています。

頭痛頻度と比例して悪化するQOLと労働生産性

研究では、月の頭痛日数に応じて対象者を「0-3日」「4-7日」「8-14日」「15日以上」の4グループに分けて比較しました。
片頭痛特有の生活の質を測る質問票(MSQ)にて測定したところ、月の頭痛日数が増加するにつれて、MSQスコアは一貫して低下(QOLが悪化)しました。

また、労働生産性を測る質問票(WPAI)についても、月の頭痛日数が多いほど障害の程度が重くなる傾向が見られました。特に、「プレゼンティーズム」「全体的労働障害」「活動障害」において、WPAIスコアが0%より大きい(何らかの障害がある)と回答した人の割合は、0-3日層と比較して、4日以上の層で高くなる傾向がありました。

この結果は、頭痛の頻度が日常生活や就労状況に直接的な負担となっていること、頻度が低い状態から少し増えるだけでも生産性への影響が悪化することを示しています。

顕在化する「受診ギャップ」。負担は重いが医療に繋がらない実情

これほどまでにQOLや生産性に影響を与えているにもかかわらず、医療機関の利用率は極めて低いことも、この研究で浮き彫りになりました。

過去6ヶ月間に頭痛で医師に相談した人の割合は、調査対象全体でわずか18.5%でした。月の頭痛日数15日以上の層でも43.5%に留まり 、0-3日の層では13.1%しか受診していなかったのです。

また、予防薬の使用率も全体で8.0%、月の頭痛日数0-3日層では5.0%と非常に低い水準でした。
この結果は、頭痛による負担を抱えながらも、適切な医療的介入に繋がっていない患者が大多数を占めている可能性を示唆しています。

【保健観点】データが表す「見えない患者」へのアプローチ

今回の研究結果は、片頭痛のような受診にいたりにくい「見えない患者」の存在を明らかにしました。

「見えないコスト」の可視化

この研究により、レセプトデータとアンケートデータを組み合わせることで、低頻度の片頭痛が就労者のQOL低下や健康経営の観点で重要となるプレゼンティーズム(労働生産性の低下)に繋がることが示唆されました。これは、医療費には直接表れにくい「見えないコスト」を可視化するものです。

潜在的なハイリスク層へのアプローチ

月の頭痛日数0-3日の低頻度層は、人数が最も多いにもかかわらず、医療機関をほとんど受診していませんでした。このサイレントマジョリティに対し、頭痛の正しい知識や受診に関する情報提供を行うことは、将来的な重症化予防やQOL改善に繋がる可能性があります。

データに基づいた介入の必要性

頭痛の頻度が高い(例:月の頭痛日数4日以上)にもかかわらず未受診・未治療の層は、QOLと生産性が著しく低下しているハイリスク群と考えられます。レセプトや健診データ、アンケートデータを活用してこうした対象者を特定し、受診勧奨や適切な医療へのアクセスを支援する介入が求められます。

研究の注意点

この研究の結果を解釈する上で、以下の点に留意が必要です。

・本研究の対象者は、主に企業(健康保険組合)に所属する就労者(86.6%)とその家族であり、社会経済的地位が比較的高い可能性があることから、日本の片頭痛患者全体の状況を完全に反映しているとは限りません。
・対象者は「kencom」の登録者であり、健康意識が一般より高い可能性があります。
・片頭痛の診断は、医師の診察によるものではなく、自己申告のオンラインアンケートの回答に基づいて分類されています。
・市販薬のデータは含まれておらず、薬剤の使用過多頭痛の可能性については不明です。
・QOLや生産性に関する回答は自己申告に基づくものであり、想起バイアスなどが影響している可能性があります。
・本研究の分析では、年齢や性別、一部の併存疾患(うつ病など)の影響は考慮されていますが、それ以外にも結果に影響しうる全ての要因(例:詳細な職場環境や生活習慣など)を分析できているわけではありません。

まとめ

この研究では、DeSCヘルスケアのデータを用いて、頭痛の頻度が高いほどQOLと労働生産性が低下することが示されました。
特に、頭痛の頻度が「たまに」であっても本人のQOLと社会の生産性に大きな影響が出ていること、頭痛の頻度が低い状態から少し増えるだけでも日常生活や就労状況に直接的な負担となっていることが明らかとなりました。これは片頭痛のような受診にいたりにくい「見えない患者」の存在を表面化したと言えます。

頭痛に対する正しい知識や受診の重要性に関する情報提供を行うことで、医療機関の受診きっかけにつながり、将来的な重症化予防やQOL向上につながる可能性があります。

※本研究には、保険者様の効果的かつ効率的な保健事業の実施に資する範囲で、アカデミアや製薬企業による論文発表などのエビデンス創出に活用することに利活用許諾をいただいた匿名加工情報、および提案募集制度を介して提供を受けた行政機関等匿名加工情報が用いられています。

引用・参考文献

Ishii R. Sakai F, Sano H, Nakai M, Koga N and Matsukawa M (2024) Quality of life and work productivity and activity impairment among online survey respondents with migraine across a range of headache frequency. Front. Neurol. 15:1440733. doi: 10.3389/fneur.2024.1440733

監修医師:石原藤樹

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