「未治療の高血圧」対策の新たな可能性。「kencom」が服薬開始を後押し

高血圧対策に関するイメージ画像

自治体で推進される特定健診は、生活習慣病の早期発見と予防医療の要といえます。
しかし、健診で高血圧と指摘されても自覚症状がないため医療機関を受診せず、治療を始めないまま放置してしまう——これは、多くの自治体や健康保険組合が抱える共通の課題ではないでしょうか。

特に、若年層や勤労世代ではその傾向が顕著です。放置すれば将来的な心血管疾患(心筋梗塞や脳卒中など)のリスクが高まり、結果として医療費増大の一因にもなり得ます。
従来の受診勧奨通知だけでは行動変容を促すことは難しく、新たな介入手法が求められています。

本コラムでは、DeSCヘルスケアが提供するヘルスケアエンターテインメントアプリ『kencom』が、この「治療開始の壁」を乗り越え、高血圧の服薬治療開始を促す効果が明らかになった論文をご紹介します。

論文名:Impact of an mHealth App (Kencom) on Patients With Untreated Hypertension Initiating Antihypertensive Medications: Real-World Cohort Study
未治療高血圧患者における降圧薬服用開始に対するmHealthアプリ(kencom)の影響: リアルワールドデータを用いたコホート研究

kencomが治療開始への第一歩のきっかけに

本研究は、DeSCヘルスケアが提供するアプリ「kencom」が、未治療の高血圧患者の行動にどのような影響を与えるかを調査したものです。

対象は、健診で収縮期血圧(SBP)140 mmHg以上、または拡張期血圧(DBP)90 mmHg以上でありながら、降圧薬を服用していなかった約5万800人の患者(主に中年期の被保険者とその家族)です。

調査の結果、アプリを使っていた人は、使っていない人に比べて、血圧の薬を飲み始める割合が、28%高かったことが示されました。
さらに特筆すべきは、ベースラインで「生活習慣を改善するつもりはない」と回答した人々に焦点を当てた分析です。この層でさえ、アプリ利用者は非利用者よりも、運動や食事といった生活習慣を改善した割合が有意に高いことが示されました。

このことから、高血圧治療に特化していない「kencom」のような汎用的なアプリでも、「健診で異常を指摘されたけれど、どうすればいいか分からない」と放置しがちな人々の背中を押し、治療開始への第一歩を踏み出させる効果がある可能性が示唆されています。

高まる心血管疾患(CVD)リスクと未治療の課題

高血圧は、世界的にCVDや腎臓病の主要なリスク因子であり、毎年数百万人の死亡原因となっています。

特に、治療を受けていない高血圧は深刻です。未治療の高血圧は、全死因死亡リスクを約1.4倍、心臓死リスクを約1.77倍に高めることが報告されており、適切な薬物治療はこうしたリスクを減らす強力な予防策となります。

しかし、ここに大きな課題があります。高血圧と診断されても、特に症状がない場合、多くの人が治療を始めずに放置してしまいます。こうした「自分は健康だ」と思い込んでいる若年層や、心血管疾患の既往がない人々ほど、未治療のままの状態が続きやすいのです。
これらの層は高血圧に対する認識が低く、保健事業の介入が最も届きにくい層でもあります。

アプリ利用がもたらす行動変容とヘルスリテラシーの向上

ではなぜ、汎用的なアプリが治療意欲の低い層の治療開始を促したのでしょうか。

「kencom」では、体重や歩数などの日常生活の記録(ライフログ)管理機能や、個々のユーザーに合わせた健康情報を提供しています。これらによって患者のヘルスリテラシー(健康情報を理解し、活用する能力)を高め、患者自身の健康状態や治療の重要性に対する理解が高まり、医療機関受診や薬物治療開始という具体的な行動変容が間接的に促されたと推測されます。

実際研究では、アプリ利用者は非利用者よりも運動や食習慣などのライフスタイル改善率が有意に高かったことが確認されています。また、注目すべきは、ベースラインの血圧レベルや、生活習慣改善への意欲に関わらず、アプリ利用者は一貫して降圧薬の開始率が高かった点です。

これは、アプリが単なる情報提供に留まらず、患者の認識(心)に変化をもたらす有効なツールである可能性を示唆しています。

特に若年層とメタボリックシンドローム非該当者への有効性

サブグループ解析では、アプリの効果は、若年層(20〜39歳)とメタボリックシンドロームの非該当者において、特に大きい可能性が示唆されました。
これらの層は一般的に高血圧に対する意識が低く、治療開始から遠い集団です。しかし日常的に様々なアプリを利用し慣れている若年層に対して、アプリは医療機関への受診という行動を強く促す、効果的な「橋渡し」の役割を果たした可能性が考えられます。

【保健観点】アプリ活用による若年層への介入

本研究の結果は、自治体の皆様の特定健診後の保健事業において、「kencom」をはじめとするアプリの活用が極めて有効な戦略となりうる可能性を示しています。

未治療の高血圧は、将来的にCVDを発症させ、医療費を大幅に押し上げる主要なリスクです。特に、特定健診で高血圧と診断されながらも、医療機関への受診・治療開始に至っていない、比較的若年で健康意識が低い被保険者層への介入が重要となります。

データ活用によるハイリスク層へのアプローチ

レセプト・健診データとアプリの利用データを統合的に分析することで、未治療の高血圧というハイリスク層を特定し、彼らに絞った効率的な保健事業を展開することが可能になります。

アプリの活用

高血圧治療に特化していない汎用的なアプリであっても、ヘルスリテラシーと生活習慣の改善を促し、結果として医療機関への受診と服薬開始を促進する効果が期待できます。これにより、従来の受診勧奨通知だけでは動かなかった層への、新たなアプローチとなり得ます。

重症化予防と医療費適正化

働き盛りの世代が早期に高血圧治療を開始することは、CVDの発生を抑制し、長期的な医療費の適正化への貢献が期待されます。アプリを介した介入は、従来の保健事業が抱えていた課題を解決し、健康と経済の両面で持続可能な社会づくりに貢献する、強力なツールとなり得るのではないでしょうか。

研究の注意点

なお、この研究結果を解釈する上での注意点として、以下が挙げられています。

・参加者は主に健康な日本人であったため、本研究の結果は他の集団に一般化できない可能性があります。
・結果に影響する全ての要因の測定まではできていない可能性があります。複数の条件下による解析でも同様の結果が得られているものの、本研究はランダム化比較試験で示された結果ではありません。
・アプリのダウンロード時期とベースライン健康診断の実施時期が異なります(最大3ヶ月の差)。従って、アプリ利用者と分類された未治療高血圧患者の中には、アプリをダウンロードする前に自ら医療機関を受診し、降圧薬の服用を開始した患者が含まれていた可能性があり、アプリが降圧薬の服用開始に及ぼす影響については、前向き試験を通したさらなる調査が必要であると言えます。
・「kencom」はインセンティブを用いた行動変容を促進しますが、本研究では、このインセンティブと降圧薬の服用開始との関連性は検証していません。さらに、アプリ利用者がダウンロード後にアプリをどの程度利用したかは不明なため、アプリの使用頻度と降圧薬の服用開始との関連を検証することはできていません。
・本研究では、kencomアプリが未治療高血圧患者に与える影響を分析していますが、他のアプリの使用で同様の結果が得られるかどうかは不明です。

※本研究には、保険者様の効果的かつ効率的な保健事業の実施に資する範囲で、アカデミアや製薬企業による論文発表などのエビデンス創出に活用することに利活用許諾をいただいた匿名加工情報、および提案募集制度を介して提供を受けた行政機関等匿名加工情報が用いられています。

引用・参考文献

1.Matsumura K, Nakagomi A, Yagi E, Yamada N, Funauchi Y, Kakehi K, Yoshida A, Kawamura T, Ueno M, Nakazawa G, Tabuchi T. Impact of an mHealth App (Kencom) on Patients With Untreated Hypertension Initiating Antihypertensive Medications: Real-World Cohort Study. JMIR Cardio. 2024;8:e52266. doi: 10.2196/52266.

監修医師:石原藤樹

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