血圧の「変動」に注目。血圧のバラつきに潜む認知症のリスク
高齢化に伴い、認知症の予防は自治体の保健事業において喫緊の課題となっています。認知症のリスク因子として「高血圧」はよく知られていますが、これまでは主に血圧の「値そのもの」を管理することに焦点が当てられてきました。しかし、毎年の特定健診の結果を見比べていくと、数値が安定している人もいれば、大きく変動している人もいることに気づきます。
今回ご紹介する研究は、DeSCヘルスケアが提供するレセプトおよび健診データベースを活用し、これまで見過ごされがちであった「血圧変動(バラつき)」が、将来の認知症リスクと関わっている可能性を示唆しています。
血圧に対する新たな視点を持つことで、より効果的な認知症対策への一助となることが期待されます。
論文名:Visit-to-visit blood pressure variability and dementia risk after considering antihypertensive treatment: real-world data from the Japanese National Health Insurance(降圧治療を考慮した上での年次健診ごとの血圧変動と認知症リスク:日本の国民健康保険の実臨床データ)
30万人規模のデータが示す「血圧変動」と認知症の関連
この研究は、DeSCヘルスケアが提供する国民健康保険のデータを利用し、5回分の年次健康診断データが揃っている50歳から74歳の約30万人(平均年齢66.6歳、男性38.6%)を対象に実施されました。
健診ごとの収縮期血圧(上の血圧)のバラつき(変動係数:CV) を算出し、その後の認知症治療薬の処方開始(認知症発症の代替指標)との関連を分析しました。
平均値が正常でも、数値が上下に揺れる場合は注意が必要
この研究では、5回の年次健康診断における収縮期血圧の変動係数を計算し、変動の大きさで対象者を6つのグループに分けました。
分析の結果、血圧の平均値が高いかどうかに関わらず、血圧の「バラつき」自体が認知症リスクに関連していることが分かりました。
具体的には、収縮期血圧の年ごとの変動が最も大きいグループ(変動係数約10%以上)は、変動が小さいグループに比べ、認知症リスクが約1.4倍〜1.5倍高いという結果でした。
たとえ普段の血圧が正常範囲内であっても、数値が大きく変動する場合は、将来的な認知症リスクが隠れている可能性があることを示唆しています。
薬の種類や「飲み忘れ」を考慮してもなお残る、独立したリスク
「血圧の変動は、単に薬を飲み忘れたせいではないか?」という疑問に対し、この研究は重要な示唆を与えています。
薬の種類や医師が指示した通りに服薬できたかの達成度合いを示す「服薬遵守率(服薬アドヒアランス)」を統計的に考慮してもなお、血圧変動は独立したリスクとして残ったのです。
もちろん、この研究の分析においても「薬の飲み忘れ(服薬遵守率80%未満)」が認知症リスクを高める可能性があるとも示されていますが、「正しく薬を飲み続ける支援」と「血圧を安定させる生活習慣」の両輪が重要と言えるでしょう。
糖尿病(高血糖)がある方は、より包括的な管理を
さらに詳しく分析すると、降圧薬を服用している人の中でも、特にHbA1cが6.5%以上(糖尿病の疑いがある、または血糖管理が不十分)の人において、血圧変動と認知症リスクの関連が特に強まる可能性が示されました。
血管に物理的なストレスを与える「血圧の変動」と、血管を傷つけ脆くする「高血糖」が重なることで、脳の微細な血管へのダメージが相乗的に加速する可能性があります。これらの負担が脳の動脈硬化や血流低下を招き、結果として認知機能の低下を早める一因となっていることが推察されます。糖尿病性腎症や心血管疾患の予防に限らず、認知症予防においても血圧と血糖をセットでケアする包括的な視点を持つことが重要であることが示唆されます。
【保健観点】経年データを活用した認知症の「兆候」の早期発見
この研究結果は、保健事業において「単年度の判定」だけでなく、過去の健診データを活用した「経年的な評価」を行うことの重要性を示しています。
保健事業においても経年的な評価を踏まえた新たなアプローチの可能性が考えられます。
数値が基準値内であっても「昨年より大きく血圧変動していないか」という視点を持つこと、また飲み忘れによる安定した血圧維持を目指した服薬指導なども検討できるかもしれません。
経年データの「線」で捉えるスクリーニング
単年度の健診結果(点)を見るだけでは捉えきれない、過去数年分のデータを「線」として結んで変化を追うことが、この研究の活用ポイントです。
具体的には、自治体が保有する健診データベースを活用し、収縮期血圧の変動が一定程度を超える受診者を抽出することは、新たな認知症対策の起点となる可能性があります。
血圧の「値そのもの」に問題がないため従来の指導対象から外れがちな層に対し、新たな健康意識の向上を促すきっかけとしての活用も考えられます。
重複リスク者(血圧×血糖)への重点的フォロー
血圧の薬を服用中で、かつHbA1cが高値の受診者において血圧が不安定な場合、優先度の高いアプローチ対象として注目することが、効率的な保健事業の一助となる可能性があります。
この層への介入は、糖尿病の重症化予防と認知症予防の一石二鳥の施策となり、将来的な医療・介護費の適正化にも寄与する可能性があります。
かかりつけ医と連携した服薬支援
服薬遵守率の低さがリスクを高めるという知見に基づき 、血圧が安定しない受診者に対しては、まず「適切に服薬できているか」を確認し、かかりつけ医と情報を共有する体制構築が重要です。
自己判断での服薬中断を防ぐための継続的な啓発が、結果的に脳の健康を守ることにつながる可能性があります。
研究の注意点
この研究の結果を解釈する上で、以下の点に留意が必要です。
・この研究は75歳未満を対象としており、75歳以上の後期高齢者は含まれていない点に留意が必要です。
・対象者の特性(健康意識の影響): 8年未満の間に、少なくとも5回特定健診を受けている人としているため、地域の一般住民全体と比べると、健康意識が高い層の結果を反映している可能性があります。
・認知症の判定方法: レセプトデータ上の「認知症治療薬の処方開始」を判定基準としているため、薬物療法を受けていない方は、この研究での『認知症発症』には含まれていません。
・追跡期間: 平均追跡期間が約2年と比較的短いため、より長期的な影響についてはさらなる検証が待たれます。
・考慮できていない要因: 教育歴や経済状況など、認知症リスクに影響を与える可能性がある一部の背景因子については、分析に含まれていません。
まとめ
この研究の分析の結果、毎年の健診で血圧の数値が大きく揺れ動いていること(目安として変動係数10%以上)は、血圧が高いか低いかにかかわらず、将来の認知症リスクを高める重要なサインであることが示唆されました。
特に、血圧の薬を飲んでいても血糖コントロールが不十分な層において、その関連はより顕著に現れています。
単年度の健診結果という「点」だけでなく、経年データから血圧変動という「線」の変化に着目することで、これまで見落とされていたハイリスクの方を早期に特定できる可能性があります。
この新しい視点を、適切な保健指導や受診勧奨につなげる新たな予防戦略の一助として活用いただくことが期待されます。
※本コラムでご紹介している各研究には、保険者様の効果的かつ効率的な保健事業の実施に資する範囲で、アカデミアや製薬企業による論文発表などのエビデンス創出に活用することに利活用許諾をいただいた匿名加工情報、および提案募集制度を介して提供を受けた行政機関等匿名加工情報が用いられています。一部の研究では目的に応じ、いずれか一方のみを利用しているケースが含まれます。
引用・参考文献
Satoh M, Nobayashi H, Nakayama S, Iwabe Y, Yagihashi T, Izumi S, et al. Visit-to-visit blood pressure variability and dementia risk after considering antihypertensive treatment: real-world data from the Japanese National Health Insurance. Hypertens Res. 2026;49:372–383. doi: 10.1038/s41440-025-02451-1.
監修医師:石原藤樹